Cさん

スティッフパーソン症候群という病気をとりまく環境についてご説明させていただきます。

非常に稀な進行性の神経疾患で自己免疫疾患(原因不明ですが、自分の体を攻撃する抗体が自分の体の中で作られ障害を引き起こす)の一種です。
とても知名度が低く、この病気を専門に扱う神経内科の専門医ですら知らないことが多いのです。

実際、体調の異変を感じ整形外科を受診。病気がわからず、精神科へ回される。しかし否定される

このように病名がわからず苦しんでいる患者さんが多いことを知り、ぜひこの病気を教えてあげ、早く治療へつながれるよう助けてあげたいという思いから、拡散をお願いします。

スティッフパーソン症候群は難病指定されていません。

知名度が低いため、国や自治体、医療機関からも満足なサポートが受けられず家庭にも大きな負担がかかっています。
しかし、研究をしてくださっている先生方はおられます。
アメリカではすでに認可されています。

スティッフパーソン症候群は悪化するまで見つからない事も多く、悪化した場合には身体に大きな痛みと障害をもたらします。
本来人間は体を動かす際、動かす筋肉と反対の働きをする筋肉がお互い邪魔をしないよう働くのですが、反対の筋肉を緩めることができず同時に力が入ったままとなり筋肉の硬直や痙攣を起こすのです。
中枢神経における抑制神経伝達やいろいろな抗体、腫瘍(乳癌・肺癌など)が原因などで起きることもあります。
 いろいろなタイプがありますが、主に体幹を主部位として、しだいに四肢、更に全身へと進行します。
 特徴的症状である発作性有痛性痙攣は、随意運動・痛覚・聴覚・触覚・騒音・衝撃情動などでも敏感に刺激され誘発し悪化します。
 全身に症状がおよぶと肺が動かせなくなり、呼吸が止まり突然死する場合もあるのです。
はっきりとしたデータはありませんが100万人に1人ともいわれています。
しかしようやく認知度が出てきて、患者数がどんどん増えてきています。
診断が付かず苦しんでいる患者さんを救ってあげたい。

ご縁があり拝読された読者様、どうぞ拡散をお願いします。

Bさん

備忘録
2015年6月…、私は忘れない。
まさかこれが前兆だったとは。
久しぶりに実家に帰省して楽しい時間を過ごし、夜になって寝ようと布団に仰向けになった途端にそれはやって来た。右足爪先(下)からじわじわと足の付け根(上)までの前面がピーンとつって猛烈な激痛に襲われた。
「痛ったーーーいっ!」
思わず叫び声が出た。
妹と娘が驚いて足の付け根のリンパを揉んでくれた。
それから暫くなりを潜めていた症状だったが7月になり仕事中に左膝を骨挫傷し、ギプスを巻いた。
右足にかなりの負担がかかったのだろう。
その頃から右足のつりが頻繁に起こるようになる。
10月になると猛スピードで進行し1人では歩けなくなる。
この時私はまだ左足の怪我で右足を酷使したためだと思っていた。
病院では車椅子を借りないと診察にも行けない状態。
元々膝の変形症があったのでこのせいだと信じていた私は整形外科で右膝の人工関節置換術を決めた。
そして2015年11月手術。
「○○さん、終わりましたよー、わかりますか?」の言葉で意識が戻ったが、同時に手術した足がまたまたつって激痛・・・
ICUで「足がつって痛いですーーーっ!」と叫んでしまった
手術の傷の痛みなんて全く感じない別の激痛。
痛み止を入れてもらいながら一晩ICUで過ごす。
そのあと個室で1泊、翌日大部屋へ代わった。
看護師さんや執刀医が様子を見に来る度にドキッとして右足がつる…。
強張ったまま弛緩しない。
医師に伝えるが「あーこむら返りでしょ」の一言。
何故こんなに頻繁に起こるのか?
ベッドの頭をいつも起こして夜は座ったままうとうとする日が続く。
夜勤の看護師さんのラウンドの時、私を見て皆さんびっくりしておられた。
リハビリも始まったがベッドに仰向けになれない…。
機械を使って強制的に膝を曲げる(120°まで)リハビリも毎日2回。
仰向けになるので機械に固定された途端に激痛。
暴れるので機械ごとベッドから落ちそうになったことも。
度々ナースコールをした。
約1ヶ月ここにいて一向に好転しないままリハビリ病院への転院を勧められた。
(急性期の病院は1ヶ月しか置いてくれない)
家の近くの大きなリハビリ病院(今通所で通っている)へ転院した。
さてリハビリ病院では私専任のチームが組まれ(Dr.・PT・OT・看護師)3ヶ月のリハビリ生活が始まった。
Dr.以外は私の子供みたいに若い方。
理学療法の時には先ずはマッサージ、でもその最中にも右足はつる…。
揉みほぐしやっとほぐれた頃にまたつる。
歩くリハビリなどあまり出来なかった。
S先生は「○○さん、最初は楽勝だと思っていましたよ、でもこれは絶対に何かあると思います。」とおっしゃった。
作業療法ではお風呂の入り方を練習した。
畳の部屋に掃除機をかけたり…。
症状は様々だけれど多くの方々と励まし合いながら過ごした3ヶ月はとても懐かしい。
そして2016年3月退院・・・
不安だった。
この状態で、家で生活できるのだろうか?
そしてまたまた症状が悪くなる。
一旦横になると一人では起き上がれない。
子供2人で「リフト」という技で立たせてもらったことも度々。
寝返りすら打てない私。
もう椅子に座って過ごすしかない、絶望。
家族が仕事に出掛けると私1人で留守番。
退院から2週間ほど過ぎた4月4日、足がつりそのつりは更に上へやって来て胸までつって息が出来ず「うっ!!」とうずくまった。
初めての事だった。
それを娘は見ていて…出勤したものの早退してきてくれた。
「お母さん、病院行くよ!神経内科に!」
何故娘が神経内科を選んだのかわからない。
手術をした病院の神経内科、呼ばれて車椅子で診察室に入るとそこにいらしたのが今の担当医。
先生は苦しい息遣いでこれまでの症状を説明する私の話を一生懸命に聞いてくださった。
先生の足を何度も蹴飛ばした(足がつり)
一通り話を聞き終えた先生は「このまま入院しますか?」
「お願いします!」
正直ホッとした私。
病室の準備が出来るまで外来で看護師さんの迎えを待った。
さて病室へ着くと直ぐに2人の医師が来てくださり血管注射をされた。
ベッドに座っていた私に「はいちょっと立ってみて!」と。
な、な、なんと・・・すっと立ててびっくり。
多分セルシンだったのかと思います。
それから数日免疫治療の点滴が続いた。
副作用があって眠くなるらしいのですが、一年近くまともに眠っていなかった私には有り難かった。
治療方針の計画表を見せてもらった時に病名が書いてあった。
『スティッフパーソン症候群』
初めて聞く病名・・・
ネットで検索しても情報は少ない。
友人が調べてコピーしてくれたのが以前「拡散希望」で記事にしたものだった。
えっ、100万人に1人?
日本に数十人?
希少難病で難病指定されてない?
完治薬ない?
頭の中は真っ白。
奈落の底へ突き落とされた気分、絶望。
でも私は有り難いことにそれから足はつらなくなった。
あの激痛はなくなり、膝の痛みと歩行障害だけとなった。
でもスティッフパーソン症候群は進行性の難病…、すでにIDDM発症して4ヶ月。
出来るだけ進行が遅いほうがいいが、それは神のみぞ知る…
今やれることを今精一杯にやる事が希望です。
治験が必要になったらどうか私の身体を使って下さい。
似た症状があっても『スティッフパーソン症候群疑い』の方も多い。
研究が進み治療法が見つかる事を願うばかりです。

Aさん

スティッフパーソン症候群と診断されて8年ほどになります。今、47歳です。

今、思えば毎朝の朝礼のラジオ体操で「跳躍」ができなくなったことがおかしいと思い始めたきっかけでした。

もともと重症筋無力症を発症(29歳)しており、そちらは落ち着いていたのですが、そのせいかと、初めは開業医の先生のもとに駆け込みました。薬を増やしても良くなるどころか、足の運びが思うようにならなくなり、こむら返り、腰の激痛(今思えば筋痙攣)、下肢の違和感、どうしたらいいのかわからない日々でした。

そこで、開業医の先生が大きい病院で診てもらったらどうかと紹介状を書いてくださり、以前、重症筋無力症でお世話になった病院の神経内科にかかり、様々な検査の結果、血液検査によりGAD抗体が6万超えで、症状からしても間違いないということでやっと病名が付きました。

おかしいと思い始めてから半年後でした。

幸いにして私の主治医が過去にこの病気の患者に出会ったことがあったため、症状等からもしやと疑ったようです。

まだひとりで歩けていた頃は、「止まってしまうかもしれない。」という恐怖から、横断歩道が渡れなくなり、歩きがぎこちなくなるとともに何度も転び、酷い時は脳震盪はもちろん、肋骨骨折、顔面強打による骨折と、転んでばかりで気づけば支えがないと歩行できなくなっていました。

もう2度も転倒により会社から救急搬送されているため、仕事中・外出時は車イスを使用しています。私はまだ状況はどうあれ勤務できていますが、ホリゾン1日あたり40ミリが無ければ、間違いなく体は固まってしまいます。(一度妊娠時に一切の薬をやめるよう産婦人科の主治医に言われ、子供のためにとホリゾンをゼロにしたら、みるみるうちに固まり、14週耐えることができず、残念ながら子供も流れてしまいました。) こんな症状があっても指定難病に含まれない。では、何を持って国が難病と判断するのか、全く理解できません。病人(症例)の数で量られるのはあまりにも不公平であると思っておられる方は私だけではないと思います。

アンケート結果報告

2016年に実施した患者会アンケート

過去の文献でも発症時年齢は 41.2 才との報告があります。1)

1)The clinical spectrum of anti-GAD antibody-positive patients with stiff-person
syndrome Neurorogy.
2000 Nov 28;55(10);1531-5

現年齢も 2 極化しています。働き盛りの 40 代と 50 代が多くなっています。
指定難病にならないと身体障がい者総合支援法に該当しないので、必要な生活支援が受けられません。
既に身体障がい者手帳をお持ちの方は、受ける事が出来ます。

確定診断までの年数は 1 年未満と 3~5 年が多く見られました。
SPS についての診断基準が定まっていない事と、認知度、その患者さんの進
行具合にも影響していると思われます。
5 年も要した方についてはその間の数々の苦悩があった事と思われます。

診療科については整形外科が 4 割にのぼります。直ぐに神経内科に紹介され
たのか?その点についても次回以降確認のアンケートが必要だと思われます。
また整形外科医師への本疾患の啓蒙活動も必要です。

実際に社会保障を既に受けられている方は本アンケートでは 60%にのぼりま
した。40%の方は身体障がい者手帳の該当にならない状況なのか?申請時期が
満たないのか?modifid ranking scale でみると 1 名既に電動車椅子になって
いますが身体障がい者手帳を取得されていませんでした。

Mayo Clinic では 25 年間で 99 例の SPS 症例が報告されており、うち 67 例
(68%)が女性であったとの事です。本アンケートも同様の結果となっていま
す。

SPS が 16 名(80%)、PER が 1 名、未確定診断が 3 名いらっしゃいました。

社会保障無しで療養中の方が 2 名あり、継続勤務の方も 2 名は不定期勤務、
5 名は未だ軽症の段階のようです。

抗 GAD 抗体陽性率は 30%と低く、60%に認められるとされている状況との乖離が見ら
れます。本アンケートに重度者の参加が難しいのかもしれません。未だ知られていない抗
体や日本で検査できない検査、また健康保険が適応できない検査もあり個人負担で検査さ
れている方もいらっしゃいます。

日常生活の不自由さを表す標準的なスケールです。

呼吸状態の問題が少なからず存在し、継続的な評価が必要です。呼吸機能を
定期的に計測する必要はありそうです。Peek flow mater という簡易な検査で
も計測できますが、通常の病院であれば検査できます。主治医と相談してみる
事も良いかもしれません。

車椅子駆動の方がいらっしゃいますが、上肢の痙攣があり、体幹の硬直に影
響するのではないかと思われますが、社会保障を受けられていない方のようで、
電動車椅子を購入できない状況が推測されます。独歩可能な方が多かったの
はアンケートに未だ軽症者が多く参加されている状況を反映していると思われ
ます。

両下肢の強直、筋肉の痙攣、体幹の強直が最も多くの症例に見られています。
これは歩きにくさという症状で現れるため、整形外科受診への流れになるので
しょう。脊髄症と誤診されることも容易に考えられます。脊髄症との正確な鑑
別手段の提示も必要です。
PER や PERM の症例が少ないので呼吸機能の部分で少ない結果となってい
ます。意志伝達装置などの装具の処方や情報提供が進めば、もっと重度者のア
ンケート参加が可能かもしれません。

情報更新しました。–リンク

リンクページを設置。これまでFacebookのみだったページですが、新たにTwitterInstagramのアカウントを開設したのでリンクページへ更新しました。「新しい交流方法などの提案が出来るよう検討していますので、今後の展開に期待して下さい。」と担当者が言っているのでワタシも楽しみです。フォローしてもらえると担当者の励みになりますので応援よろしくお願いします。

リンクページへ行く